朝井リョウ「正欲」の感想

小説

朝井リョウさんの新刊「正欲」を読みました。

いつもあらすじを読んでから本を買うのですが、今回はあまり情報が出回っていなくて、どんな話なのか分からないまま購入。そして読破。

この小説、傑作だと思います。印象に残った箇所がたくさんありました。

あらすじ

※公式で出てないので、今回は省きます。

個人的にはあらすじを知らずに読んだ方が楽しめると思います。

感想

めちゃくちゃ良かった。“正しくない”性欲を持った人たちの話。

多様性という言葉が広く使われるようになったけど、人によってそれが意味するところは全然違うんだろうなー。

色んな人と話したり、本を読んだりすると、自分の視野が広がったような気になるけど、本当に僅かなんだと思わされる。

人って、初めて芽生える感情に不安になる生き物だと思うのだけど、そのときに家族でも友人でも誰かが話を聞いてくれるだけで救われる。

共感してくれたら、安心する。

でも、そもそもそれってマジョリティだからこそできることで、今回の物語に出てきたような周りに話せないようなことで思い悩んでいる人もたくさんいる。

自分にとっては理解しがたいことであっても、否定したり非難することはしない人でいたいなと思った。

そして社会制度だったり法律って、全ての人を救うことはできないということを改めて感じた。

それにしても、朝井リョウさんの言語化能力には本当に感動する。

今回出てきた登場人物は、私とはほとんど共通点はないはずなのに、所々共感する部分があったのは、朝井リョウさんの言語化能力の賜物だと思う。

なかなか言葉や文章にできないことを、難しい言葉を使わずに表現していて、読んでいて気持ちがいい。

この作品は、どんな世代の人でも楽しめると思う。

印象に残ったところ

団体競技に臨むことで、家の中だけでは形成しにくい社会性が芽を出すのだ。啓喜は、学校に通うというのは強制的に集団の中に放り込まれることであり、時と場合に応じて必要な役割を感じ取って行動するという社会性や知られざる自分の特性を引き出されたりすることでもあるのだと、改めて感じた。

自分だけの“ハッピーエンド”を、なんて言われたって、特にこの世代の子どもを産めるほうの性別の人間には、結局決断の時が迫っているのだ。

つらさの原因は解消されなくとも、境目も見えないほどに積み重なっている色んなつらさを一つずつ分解していくことで楽になる部分もある。八重子はそのことを初めて知った。

菜月は思う。既に言葉にされている、誰かに名付けられている苦しみがこの世界の全てだと思っているそのおめでたい考え方が羨ましいと。あなたが抱えている苦しみが、他人に明かして共有して同情してもらえるようなもので心底羨ましいと。

多様性とは、都合よく使える美しい言葉ではない。自分の想像力の限界を突き付けられる言葉のはずだ。時に吐き気を催し、時に目を瞑りたくなるほど、自分にとって都合の悪いものがすぐ傍で呼吸していることを思い知らされる言葉のはずだ。

マジョリティというのは何かしら信念がある集団ではないのだと感じる。マジョリティ側に生まれ落ちたゆえ自分自身と向き合う機会は少なく、ただ自分がマジョリティであるということが唯一のアイデンティティとなる。そう考えると、特に信念がない人ほど“自分が正しいと思う形に他人を正そうとする行為”に行き着くというのは、むしろ自然の摂理なのかもしれない。

どんなふうに生まれたって生きていける、生きていていいと思える。そんな社会なら一番いいけれど、そうではないので、そんな空間を自分で作るしかないのだと感じる。

人間は結局、自分のことしか知り得ない。社会とは、究極的に狭い視野しか持ち合わせていない個人の集まりだ。それなのにいつだって、ほんの一部の人の手によって、すべての人間に違う形で備わっている欲求の形が整えられていく。

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